千鳥ヶ淵の満開


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16年遅れで母に送った、大学合格の喜び写真。

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満開の桜が、「合格おめでとう!東京へようこそ!」と言ってくれているようです。

千鳥ヶ淵の満開を見ると、いつも入学式の時のことを思い出してしまう。あの気分。心細さと同じかそれ以上の昂揚。

世界一美しいと思っていた地元の桜より100倍美しい千鳥ヶ淵の桜を母に見せたいと思った、16年前の自分の気持ちが、未だに成仏していない。
いつか母と桜の千鳥ヶ淵に来たいなあ。



なんか煮詰まった感じでブログが止まっている。
桜の写真とかアップしたらどうだろう。



本当に本気で本音を言うなんて、一生一緒にいたい、ともに暮らしたいと思っている恋人でもなきゃ、やらない。
多分結婚したら、やらない。
家族にも親友にも、やらない。

言いにくいことやかみ合わないことについては。



もっと視線を外に向けて、外と関係を結ぼう。


助けたり助けられたり


そうそう、ボランティアのはなし。

人を助けたい人は、絆とか助け合いとかいろいろきれいな言葉をやめて、「わたしは誰かを助けたくてたまらないのだ!助けられてくれるんなら誰でもいいのだ!お願いだ私に助けられてくれ!」
と言えばいいのではないか。

と、本当に人の助けになるのが好きな人のことを考えていて、思った。

恋人同士でない限りは、アイラビュアイミュッシュアイニージュと言うより、ヤリたいヤラせてー!と言うほうが、ことがスムーズじゃん。

人が孤独を感じたり生きる力をなくす理由のかなりの要因は、だれの役にも立たなくなる、ということだと思う。

でも、誰かの世話になるのは我慢ならない、っていうのはなんでだろう。そう教えられたから?

人のためになれとはよく教わるけど、人に助けてもらえって教わったことはない。大人になってなんとなく体で知るだけ。

みんなもっと助けられるのが上手なら、助ける機会も増えるし、自己肯定感が増すし、生きる力もみなぎる。そんなふうな世の中になる。