16年遅れで母に送った、大学合格の喜び写真。
満開の桜が、「合格おめでとう!東京へようこそ!」と言ってくれているようです。
千鳥ヶ淵の満開を見ると、いつも入学式の時のことを思い出してしまう。あの気分。心細さと同じかそれ以上の昂揚。
世界一美しいと思っていた地元の桜より100倍美しい千鳥ヶ淵の桜を母に見せたいと思った、16年前の自分の気持ちが、未だに成仏していない。
いつか母と桜の千鳥ヶ淵に来たいなあ。
2012-4-10 Tue 00:48
16年遅れで母に送った、大学合格の喜び写真。
満開の桜が、「合格おめでとう!東京へようこそ!」と言ってくれているようです。
千鳥ヶ淵の満開を見ると、いつも入学式の時のことを思い出してしまう。あの気分。心細さと同じかそれ以上の昂揚。
世界一美しいと思っていた地元の桜より100倍美しい千鳥ヶ淵の桜を母に見せたいと思った、16年前の自分の気持ちが、未だに成仏していない。
いつか母と桜の千鳥ヶ淵に来たいなあ。
2012-3-27 Tue 12:22
本当に本気で本音を言うなんて、一生一緒にいたい、ともに暮らしたいと思っている恋人でもなきゃ、やらない。
多分結婚したら、やらない。
家族にも親友にも、やらない。
言いにくいことやかみ合わないことについては。
2012-3-8 Thu 23:10
そうそう、ボランティアのはなし。
人を助けたい人は、絆とか助け合いとかいろいろきれいな言葉をやめて、「わたしは誰かを助けたくてたまらないのだ!助けられてくれるんなら誰でもいいのだ!お願いだ私に助けられてくれ!」
と言えばいいのではないか。
と、本当に人の助けになるのが好きな人のことを考えていて、思った。
恋人同士でない限りは、アイラビュアイミュッシュアイニージュと言うより、ヤリたいヤラせてー!と言うほうが、ことがスムーズじゃん。
人が孤独を感じたり生きる力をなくす理由のかなりの要因は、だれの役にも立たなくなる、ということだと思う。
でも、誰かの世話になるのは我慢ならない、っていうのはなんでだろう。そう教えられたから?
人のためになれとはよく教わるけど、人に助けてもらえって教わったことはない。大人になってなんとなく体で知るだけ。
みんなもっと助けられるのが上手なら、助ける機会も増えるし、自己肯定感が増すし、生きる力もみなぎる。そんなふうな世の中になる。