絵本『めだか』
2010年6月29日 火曜日 17:54
福音館書店
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こないだ子ども図書館で見て良書だったのと、うちのメダカがあと何ヶ月でどれくらいの大きさになるかとか知りたかったので、購入。
絶版になってる。残念。
今、近所の本屋でさがしてみたけどなかった。
本屋には、物語の本が少なくなった。それでも物語はまだあるほうで、科学絵本なんてほとんど置いてない。
昔はもっと‥‥って嘆こうかなと思ったけど、わたしの記憶では、物語は学校の図書館で借りるものであって、買うものじゃなかったな。本屋で本を買うようになったのは、漫画とか少女小説とかを読むようになってからであって、しかもうちの近所の本屋にはそのたぐいのものかエロ本か、あとは文庫と雑誌くらいしか置いてなかった。あ、フォア文庫はよく買った気がする。学参のスペースも広かったな。
我が家の本棚はツブ揃いすぎるぜ。
小説『桐島、部活やめるってよ』
2010年5月31日 月曜日 02:55
うほー期待通りかそれ以上の、懐かしいきな臭い空気感。
ああいうどどどーっとなんの億劫さも怯えもなく日々を進めていく感じ、集団あってのあの流れみたいのを感じていたら、なんか結婚したくなった。
あと書きたくなった。
今日はほんとにすごくすごく珍しく小説なんて読んでいる。
桐島〜は図書館で予約して、読みたかった気持ちすっかり完璧に忘れるくらい待たされて、やっと来たやつ。
その前に、iPhoneで『舞姫』を読了した。
そういえば舞姫も高校時代の感傷がまじってるなー。授業でならったので。
国語の授業は、というか授業って、ほかごとできない、退屈な、強制力のすごく強い時間で、高校時代以来ああいう環境に身を置かされたことがないと思う。
なくなってみてしばしば思うんだけど、わたしは国語で物語をやる時間がものすごく好きで、評論文とかの時間は教科書の先の方の小説読んだりして楽しんでて、授業で扱う頃には絶対一度は読んだことあるような状態だったんだけど、それをなおかつ、先生の懇切丁寧な解釈付きで理解するのは本当にたのしかった。
舞姫って、
石炭をば早や積み果てつ。中等室の卓のほとりはいと靜にて、熾熱燈の光の晴れがましきも徒なり。今宵は夜毎にこゝに集ひ來る骨牌仲間も「ホテル」に宿りて、舟に殘れるは余一人のみなれば。(後略)
-青空文庫より-
こんなむづかしい文だよ。これがすごく好きだったという印象。もし今回が初見だったら、とても最後まで読めなかった。国語の授業のあの時間の追憶として、楽しんだまで。
あと、授業の時間は、その強制力から必然的に思慮を深くする時間になる。あの時間に夢を見たし、内証を楽しんだし、自我のかなりの部分を培ったと思う。
大嫌いだった日本史の教室の窓枠と中庭と、中庭の向こうの本校舎とその窓と、その窓に映る空は、本当によく見た。あの先生の声と仕草を、その内容はまったく咀嚼することなく、音と風景として捉えた。熱くも寒くもない、きもちいい季節の感覚だけ残ってるなあ。先生は教師の前は研究者だった人で、人前でしゃべるタイプの人じゃなくて、自分の好きなテーマについて喋るときだけうっかり「気の利いた教師」ぶって脱線してみたりするときの楽しい気持ちを出し惜しみするあの語調と身振りは好きだった。
話をもどすが、大好きだったはずの『舞姫』を32歳で再読して思ったのは、昔のブンゴー、フェミ的にほんとウゼー! 金持ちのインテリじじいが、ヨーロッパの貧乏でバカで天使のように美しい少女にのぼせ上がった上、無責任に金で捨て去るんだぜ。ありえない。なにが文学だ!!
でもそのあと、自分より一回り年下の男の子が書いた『桐島〜』を読んで、「女子なんて、かわいいカノジョ演じるのが楽しいんだよな。結果オトコに都合のいいオンナが生まれるわけだけど、それも健康的だわ。」と思い直した。
あの集落
2010年5月25日 火曜日 22:07
海辺の漁師町が、たぶん入江になっていて、漁師たちの家は海に向かって立っている。ぜんぶちいさい家。
人のうちの庭に入り込むように、隙間みたいな歩道を入ると、狭い砂浜と海に出て、そこには小さな船もあるけど、ほんとうに人んちの庭みたいな雰囲気なので、こそこそと歩道を戻ってきてしまう。
海じゃないこっち側は、車一台がやっと通れる車道(というか、車がなんとか通れる生活道)が湾曲していて、全長200mくらいだろうか。道の両脇に小さな家がぎっしり並んでる。
道の片側に、神社がある。
山陰の、恵比寿様にまつわる岬にいく手前の。
美保関灯台だ。真っ暗な美保関灯台の手前の、それ以外になんにもない小さな小さな漁師町だ。町とも言えない。集落。
漁から帰ってきた夫婦に声をかけたのもあの近く。
目では見えるけど写真では撮れないくらいの暗さで、神社もうっすらと見えるけどまっくらで、恐かった。いい怖さだった。
なんちゃらルーム
2010年4月10日 土曜日 19:16
わたしが通っていた小学校には、1週間サイクルの出席番号順で、図書室へ行って給食を食べる制度があった。全学年が同じ机で給食を食べるためのもの。
カタカナでなんちゃらって読んでた。「図書室」でなくてなんちゃらと言っていた。忘れた。
雑巾が臭いときのあの臭いがあのとき机に敷くビニールクロスと同じで、たまーに思い出す。思い出す度に雑巾を洗濯機に入れる三十路一人暮らしのわたし。
教室ではクロスなんてなかった(トレイだった。あ、トレイについての記憶もひとつ消えかけてる)のに、図書室のときはでかいのを敷いた。
今考えるとすごく人見知りしちゃいそうなシチュエーションなのに、当時のわたしは比較的楽しみにしていたように思う。
今考えると図書室で給食って、本が!本がぁぁぁぁ!って思うけど、当時はなんとも思ってなかった。というより、給食食べながら本の背表紙が見えてるのがよかった。「ねしょうべんこぞう」っていうのがあって、いつもいつも、窓際の背の低い棚に入ってて気になってた。字が小さくて分厚かったので一度も借りなかったけど。
ということは、本は背表紙で借りてたんだな、あの頃。名作とか作者とかそんなのぜんぜん分からず。ポップもないし。背表紙と字の大きさと分厚さとイラストと、開いたときに見えた文章のタッチ。
なんちゃらタイムだったかなあ。うーん。友達に聞けば分かる。同級生と話すのの楽しさって、こういうところにあるよね。
で、なんちゃらタイムでは、おねーさんが出し物をやってくれたような気もする。紙芝居とか。でもこれは今わたしが「そうだといいな」と捏造した記憶かも知れない。
でも、わたしは日直とか、そういう場で前に立つのが好きだったので、自分が上級生になったとき、そういうことをして楽しがってた気がする。捏造かも知れない。
なんちゃらタイムが終わると、昼放課(と昼休みのことを言う。中部地方の方言だと思う)になる。背表紙で目星をつけておいた本から、どれを借りるか選ぶ時間。
ということは、昼放課の図書室はいつも給食くさかったはずだ。
あと、いつも絶対思い出せないのが、小学生のわたしがいつ読書していたかということ。家に帰って机に座って……なんていう記憶はないんだけど、毎日のように図書室に行ってた気がする。ということは、今より読書量が多い。が、いつどこで読書にふけっていたか思い出せない。
なんちゃらタイムじゃなくてなんちゃらルームだったような気がしてきたぞ。
こんなふうに、忘れかけの記憶を辿ったり、思い出したり捏造したり、消えてることに気付いたりして、事実がどんどん混濁していくのが面白い。
わたしの記憶の相当部分が、捏造でできていると思う。
でも、文字の書き順とかはわりと正しい。習慣の中にすり込まてしまえばキープできるようだ。
『小児栄養』の教科書に「喫食の場所については、食事にふさわしいものとなるよう改善工夫すること。」って出てきて思い出した。
消えかけの記憶は、寝てるときに見る夢みたいだ。匂いみたいにふっと湧いて、急いで書かないとすぐ消えてしまう。
みかんの赤ちゃん
2010年4月3日 土曜日 23:22
母に言われて思い出したこと。
子どものころ、みかんの、袋がちいさくてほかの粒にはさまっちゃってるやつ(以下、赤ちゃんという)がすごく好きだった。いつも最後まで食べられなかった。
それを見てお母さんも自分の赤ちゃんをくれた。
赤ちゃんは増えれば増えるほどかわいくて、もったいなくて食べられなかった。
今でも好きだけど、そんなふうにとっといたり人のをもらったり食べられなかったりしていたのは忘れてた。
あれはちっちゃいほどかわいい。
ごわごわした面がなくて、ぷるんとして、ほんとうに赤ちゃんみたいだ。
考えてみると、あれは耳たぶみたいだ。わたしは子どものころから耳たぶが大好きで、いつも人のを触ってはいやがられていた。
母に思い出させられてから、また集めるようになってしまった。
これはいよかんの赤ちゃん。普通のみかんの1粒くらいの大きさだけど、赤ちゃんはやっぱりかわいい。

 
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