みかんの赤ちゃん


母に言われて思い出したこと。

子どものころ、みかんの、袋がちいさくてほかの粒にはさまっちゃってるやつ(以下、赤ちゃんという)がすごく好きだった。いつも最後まで食べられなかった。

それを見てお母さんも自分の赤ちゃんをくれた。

赤ちゃんは増えれば増えるほどかわいくて、もったいなくて食べられなかった。

今でも好きだけど、そんなふうにとっといたり人のをもらったり食べられなかったりしていたのは忘れてた。

あれはちっちゃいほどかわいい。
ごわごわした面がなくて、ぷるんとして、ほんとうに赤ちゃんみたいだ。

考えてみると、あれは耳たぶみたいだ。わたしは子どものころから耳たぶが大好きで、いつも人のを触ってはいやがられていた。

母に思い出させられてから、また集めるようになってしまった。

いよかんの赤ちゃん

これはいよかんの赤ちゃん。普通のみかんの1粒くらいの大きさだけど、赤ちゃんはやっぱりかわいい。

マンボウ


マンボウを食べたことがある。東北のどこかの漁港近くの魚市場なのに、回転寿司だった。たぶんにぎり寿司だった。

マンボウが泳いでるのを眺めながら食べたつもりでいたけど、絵だったかもしれない。

いかにも「まんぼー」という、主張のない間延びした味だった。見た目は間延びしたイカ。

回転寿司の席は見晴らしが良くて、港が見えてたつもりでいたけど、狭苦しい店だったかもしれない。「なんで港町でコレ?」って思った気もする。

気仙沼かな。だとしたら絶対フカヒレがあって、サメの像があったんだ。フカヒレのイメージとマンボウのイメージがすり替わってるだけかもしれない。

英語でheadfishだって。ぷぷ。