宮城旅行その5 女川街道→女川


石巻でヘドロ臭になってしまった車内にいたら、無性に風呂が恋しくなった。次の目的地はひとまず風呂!

というわけで、『まっぷる』(2011年4月発売)片手に「女川温泉ゆぽっぽ」をナビの目的地に設定。松島にもお風呂はあったみたいだけど、戻るのやだし、海ぎわで次のポイントとしては女川でいいかなといいかげんに判断。

このときはまだ、テレビでよく聞く地名と、被災状況の映像がまったく結びついていなかった。どこがどれくらい被災していて、どれくらいの復興状況なのか、よく分かっていなかったし、あまり興味もなかった。ひとくくりで「東北の太平洋側」という把握。
(これは、関東以西に住む人に多いと思う。ひとくくりにしてざっくり把握、これは風評被害の根源。)

石巻港を出て、ひとまずコンビニで水分補給。

駐車場裏の住宅街は、津波にさらわれたままのと建て替え済みの新築が混然としている。

1241

1250

↑一階部分がごっそりさらわれている。

1245

↑静岡県の同町名の方々がボランティアに来て、寄せ書き残していったよう。

さて出発。

ナビに従って30分ほど走ると、風景はいよいよ殺風景に。

1319

確かに「女川」って被災地としてよく聞く地名。風呂は本当にあるのか。

(女川の写真は、縦横比1:2のワイド版で掲載します)

ナビに従い、さらに走ること15分。「目的地周辺です」というアナウンスが聞こえたときに目の前に広がっていた風景が、以下。

1334

なるほど、風呂はない。

1335

臭いとホコリがすごい。

1337

↑建物が横転して海に浸かっている。

1343

↑もしもこの風景を見ながら風呂に入れたら、最高の気分だったろう。行楽シーズン、台風一過の晴天、入江。

1340

↑海に浸かっている建物の陰に小魚が泳いでいる。人工物以外は津波のことなど忘れたように穏やか。

1343+

1348

1350

1350+

どの建物がなんだったのかぜんぜん分からないけど、このあたりには駅も町役場もあった場所のよう。


大きな地図で見る

塩竈でも石巻でもなかった現象として、女川にはデジカメを持った人がたくさんいた。そういう人用というわけでもないのだろうけど駐車スペースもしっかりあって、みんなそぞろ歩きしながら被災風景を撮影していた。

わたしはここからさらに海沿いに北上して、北上川へ出たかった。
道は「ブルーライン」という一本道のみ。抜けられるかどうか分からなかったけれど、あちらから来る車もあるし、通行止めの案内もなかったので、行ってみることにした。

ほとんど海も見えない山道で、アスファルトがひび割れていたり穴が空いていたりするところもあったけれど、それでも気持ちのいいドライブができた。途中、小さな港や民家もあったりして、なんとか抜けられそうな気配を感じながら進む。

ところが、30分ほど走ったところで、通行止めに当たる。

1433

砂利道が右方向に続いていて、タイヤの跡もある。誰も止めない。抜けられるのか。

1433+

道は、細い渓流を渡る部分が断絶していた。

この日は朝から砂利道ばかり走って冷や汗かきっぱなしだったので、ああもうやだな、と思ったけれど、ここまで来てUターンもできない。道なき道を行く。

1434

徐々に砂利が粗くなる。川も渡れるとは思えない。

1434+

ついに、道がなくなる。タイヤの跡はなんだったんだろう、と車を降りてみると、跡はここでUターンしている。なるほど、わたしと同じ志を持った冒険者たちの足跡だったのだ。

足元は砂利だと思って走っていたのに、それはいつのまにか牡蠣の殻になっていた。

1439

自然にできた貝塚なのか、捨てられたものなのかよく分からない。

ちなみに、このUターン地点はここ。


大きな地図で見る

ここから1時間も北上すれば北上川に出れるのに、来た道をすごすごと石巻まで戻らなきゃいけない。女川を経由して。

昔見た、夕焼けの北上川が見たかった。北上川に太陽がキラキラ反射して、幅の広いゆったりした川が黄金の川みたいに光ってた。10年前の宮城旅行の中で、いちばん強烈に覚えているのがその景色だった。

宮城旅行その4 石巻港 


【10:30】奥松島パークラインで松島から北上

本当に空のきれいな日で、どこを撮っても空の青がすごい。

この日の日の出を見たんだなあ、わたし。めったに見れない美しい朝日だったのだろうと思う。日の出なんて生まれて初めてかもしれない。

奥松島パークラインは、海沿いを走る道で松原が続いてるようだ。震災前を知らないあるいは忘れたので、ここがどこだったとかいう追憶ができないのは残念。

宮城

しかし、海際の道とはいえ水が近い。地盤沈下と台風のせいなのか、もともとこうなのか。

松は、これが何割程度の生き残りなのかは知らないが、海沿いにちゃんと生えている。人間の作ったどっしりした建物は壊滅だというのに、こんなひょろ長い松が、まっすぐ空に向かって生えている。

宮城二日目_気仙沼

かんぽの湯は廃墟になっていたし、周辺のでかい倉庫のような建物や民家も、すっかり機能を失っていた。

地図でいうとこのあたり。


大きな地図で見る

わたしは、土地勘も地図を読む能力もないので、旅中の移動はもっぱらナビまかせ。目的地は地図で示せるけど走った道は辿りきれない。上記地図は、iPhoneで撮った写真の位置情報から取得。

なるほど、ということは、その3で書いた瓦礫の山、つまり松島直前でトラックにクラクション鳴らされたあたりは「松島自然の家」とかだったのかな。ショベルカーが沈んでいたあたりは、野蒜(のびる)海水浴場だったのかな。
それとも、もう宮戸島だったのかな。

かんぽの湯のあたりには、住宅もたくさんあったよう。

宮城

宮城

門柱だけあって、家がない。というのがいくつもあった。
家の土台にガスコンロとか、ちょっと人がいたような気配がある。家の残骸を片づけていたのだろうか。そしてまたここに家を建てるのだろうか。

宮城2日目_石巻

【11:30】石巻

ナビの言うなりに走って、いよいよ石巻へ。

ナビの言うなりと言っても、今回はナビの言うところに道がないとか、ナビの指示した道がぶっちぎれているとか、ナビよおまえはわたしをレンタカーもろとも海に落っことす気かとか、そんなことが当たり前にある。ということが、このあたりですでに分かってきていた。

初日夜の寿司屋の大将が言っていた。「みんなのいるにぎやかな所へ行きなさい」と。走れば走るほど、その言葉を思い出した。

‥‥でも、べつに青葉城だの平泉だのが見たいくらいで高速バスなんか乗らないのだ。

だいたい、特に被災地じゃないとしても、そんな予定調和な「旅のしおり」みたいな旅なんかおもしろくない。そんなもの旅じゃない。運転席に座って気の利かないテレビ見てるようなもんじゃないか。だったら居間に座ってるほうがお金もかからないしいろんなところへ行けるじゃないか。
そんな旅より、どんなに回り道しても、びっくりするような発見があるほうが楽しい。

‥‥とはいえやっぱり、今回は本当につい最近山ほど人が死んだ場所だし、その事実に違和感のない風景だし、まっぷるもナビもあてにならないし。海沿いコースはやめたほうがいいのかな。

行くけど。

宮城

石ノ森章太郎ゆかりの地ということで、マンガのキャラが街角にいる。

けど、現実のほうがマンガみたい。

宮城

宮城

空がきれいだから、悲惨な光景がますますうそくさい。

【11:50】石巻港

そんなに遠くないのに、塩竈港とはまったく違う風景で驚く。

宮城

宮城

打ち上げられたままの漁船。
よくテレビで見る、アイコン的な風景だ。

宮城

からっぽの市場。

宮城

こういう雲を見ると、海底にいるみたいだなと思う。海底の生き物は、水面を見上げて、船が行くのをこうやって、今わたしが雲を見ているように見るんだろうなと。自然や宇宙を大きく感じながら、人の営みを慈しむような気分になる。

これが、子どものころから好きな妄想。この妄想を、こんな茫漠とした風景の中でするとは。

でもやはりここでも、自然や宇宙の大きさと人の営みのけなげさのコントラストが、見て取れるわけです。圧倒的だな、海。

人間は、自然のすみっこで、自然に守られ脅かされしながら、必死に生きる。この景色は痛ましいけれど、人がいくら繁栄しても、そういう厳然たる事実があるということに、わたしは安らぎを覚える。

こんな風景を前にしてはあまり人に言えないけど、わたしは、人工物が自然に圧倒的に負けている風景が好き。ほっとする。人がエコだの脱原発だのしなくたって、自然は勝手に宇宙の摂理の中で動く。人の繁栄やエゴも、所詮その摂理の中の一部にすぎないと思える。そのスケールを感じるのが好き。

石巻港にはボランティアでドブさらいをした時と同じヘドロの臭いが充満していた。
車に乗ると、車の中が一気にヘドロ臭になってしまった。ボランティアのときに「バスへは、決して汚れた靴のまま戻らないように」とあれほど言われたのに、と後悔。この夜も車中泊予定。

宮城旅行その3 奥松島パークライン→松島一望


【08:30】奥松島パークライン

海辺の初秋、台風一過の快晴を存分に楽しみながら、松島を目指す。

塩竈→松島

最高。

『まっぷる』(2011年4月発売)の「松島四大観」のページで、メイン写真に使われているのが「大高森」という場所から見た景観だったので、そこを目指す。その景観は「壮観」と呼ばれているらしい。

絶景ドライブにるんるん。

けど、松島駅を過ぎてしばらくすると、徐々に不安が。道の右側が、海すれすれな感じ。

宮城二日目_松島

野蒜を過ぎて奥松島に入ると、来たことを後悔しはじめる。道がない。

宮城二日目_松島

宮城2日目_松島

車がすれ違えない細い砂利道で、左側は海、右側は瓦礫置き場、みたいなことになりはじめる。

地盤沈下の上、台風が襲った直後で、道が冠水している場所も。
でももう引き返せない。

宮城二日目_松島

「わ」ナンバーでおどおどしてると、うしろからトラックにクラクション鳴らされたり。泣きそうになる。松島駅あたりで松島堪能しちゃえばよかった。

だいたい、一般車両が入っていい場所なのだろうか。どこにも通行止めのしるしはなかったけど、いつのまにかトラックばかり。

余裕があるところでしか写真とってないんで伝わらないけど、本当に悪路悪路悪路だったのだ!!
あんなに砂利道走ったの初めて。でこぼこで、水たまりいっぱいで、トラック多いしほこりすごいし(涙

でもたまに乗用車も走っているので、半べそで前進する(そういうところが、わたしの好きなところ、生きてておもしろいところ)。

【9:30】大高森到着

なんとか命からがら、目的の大高森の駐車場に到着。
駐車場があって観光客がいられる場所が確保されていることが奇跡的。あまり人気もない。

宮城二日目_松島

これは駐車場からの眺め。旅館がブルーシートで囲まれて、営業はしていなさそう。

ここからは15分ほどの山登り。

宮城二日目_松島

栗が落ちている。栗拾いができるなーと思いながらも、絶景見たさに先を急ぐ。(帰りに拾った。今読んでいる『送り人の娘』という本で、栗拾いのシーンがあって、それをやりたくなったのです。)

ここは多分、10年前の宮城旅行でもやってきた。夕暮れが本当の夜になる時間帯に、慌てて、ひえーこわいーとか言いながら歩いた気がする。好きな人にくっついて。
山道を行ききったところに入江があって、ほんとうに狭い砂浜があって、そこでキャンプをしている人がいた。夕闇の、とても美しい風景だった。あと少しでも潮が満ちたら、あの人たちはどうするんだろうと思った。
一緒にいる人のことをとても好きで、非日常に一緒にいるのがうれしかった。暗闇でも、この人が大丈夫そうにしてるから大丈夫とか思ってた。リスクマネジメント人任せだったけど、幸せだった。

とか追憶しながら山道を行くと、展望台のような所に出た。

【09:45】松島や ああ松島や 松島や

宮城二日目_松島

絶景かな!
ここがこのエントリーのメインスポットです。

宮城二日目_松島

こっちは今来た道。

水に囲まれているけど、これどこまで台風や地盤沈下のせいなのかは分からない。
少なくとも、10年前はあんな恐ろしい目にはあわなかった。

あの入江はないな。‥‥と思って、山頂からすこし低いところの分岐を別の方へ行った。途中でやぶになっちゃって行き止まりだったのは、地震のせいなんだろうと思う。

とはいえ、全体的にとても整備されていた。

宮城二日目_松島

のぼりやすいように手すりまで。震災あとに整備したのだろうか。この高台は、このあたりの避難場所になっているようだった。

入り江を探したくて、車に乗ったら後戻りせず、もう少し岬の先へ行ってみる。

【10:15】大浜海水浴場

あとで分かったけど、この岬には海水浴が2つあるみたい。わたしはその近くの防波堤に車を止めた。そこが行き止まりだったので。

宮城二日目_松島

宮城二日目_松島

宮城2日目_松島

宮城二日目_松島

こんな感じで防波堤にのぼって、

宮城二日目_松島

宮城二日目_松島

宮城二日目_松島

こんな景色を見ました。

「あの入り江」は見つからなかったけど、先に進めないのなら戻るしかない。

先に行けばぐるっと回って別の道から戻れるかなと淡い期待を抱いていたので、ちょっとショック。

また、あの道なき道を行くのか。

しかしながら、帰りは「抜けられる」というのが分かっていたので、気持ちにゆとりがあった。運転しながら、まわりの車に迷惑にならない程度に写真を撮った。

宮城二日目_松島

宮城二日目_松島

宮城二日目_松島

なぜかブルトーザーのシャベルのとこだけ海面から出ている。台風で沈んじゃったのかな。

壮絶な光景は、まだまだ続きます。

宮城旅行その2 塩竈神社→塩竈港


【05:00】起床

車中泊1泊目、塩竈神社近くのローソン駐車場で、寒さに目が冷める。空が赤い。海の方が明るい。日の出だ!

急いで着替えて、塩竈神社へ。

【05:25】

表参道がどっちか全然分からなかったので、目に付いた駐車場に止めて目に付いた入り口から入る。

それは裏参道だったけど、朝焼けの絶景スポットだった。

塩竈神社からの朝日

島がぽこぽこ浮かぶ美しい入江から、日が昇って空が赤くなって、だんだん青く白くなって行くさまは感動的だった。台風一過で、空がバカみたいに透き通っていた。

わたしが見た朝日はすでに水平線から顔を見せきっていたけど、刻々と空の色が変わる様は見て取れた。

すっかり朝になったところで、表参道の方へ。

塩竈神社は、ほぼ真北を向いて建っている。参道は暗い。

塩竈神社参道

塩竈神社参道、上から

港の方向とも違うし、あんなに朝日がきれいなのに東向きでもない。

不思議に思って通りすがりのおばさまに聞いてみたところ、塩竈神社は、多賀城にある総社宮(そうしゃのみや)というお宮さんを守るために、総社宮の鬼門であるこの地に建てられたとか。だから向きも総社宮を向いている。

朝日を眺めるのが日課らしい人や、この石段を漬かって健脚を維持しているらしい人が何人もいて、健やかに世間話を交わしていた。みんなたくましい。

たくましいなと思うのは、街のそこかしこに震災の爪痕が残っているから。つい、彼らのこの半年の生活がどんなだったかと考えてしまう。家族は無事でしたか、と聞きたくなってしまう。

塩竈市の街角

舗装が波打っているのは前の晩から見ていたけれど、太陽の下でそれを見たのはこの朝が初めて。

塩竈市の街角

1階だけスコンと波にもってかれている。こういう風景にいちいちカメラを向けて前に進めないわたし。

【07:00】塩釜港

マリンゲート塩竈

それでも塩竈神社あたりはかなりましみたいで、やはり港のほうが被害は大きい。

マリンゲート塩竈からは、松島のほうへ行く船が出る。テレビで松島は人が住めなくなっていると言っていたけど、船に乗る人はいた。千羽鶴は被災者に手向けたものか。

塩釜港の漁船

たくさんの船が並んでいる。
魚市場もやっているように見えた。

塩釜港の漁船

アスファルトの波打ちぶりと対比すると、漁に出られる船がずらりと並んでいるのがうれしい。

とはいえ、港周辺の傷跡は深い。

土嚢

全壊した家屋

惨憺たる光景だと、この時は思った。釣りをしているおじさんに声をかけてみる。

ボラがつれるらしい。サヨリは泳いでいるけど釣れないらしい。「震災、大変でしたね」と言うと、「この辺は大したことない。被害はほとんどない。島が防波堤になってくれたから」とのこと。一緒にいた奥様も、石巻なんかにくらべたらよかった、と。

塩竈神社、塩竈港と目的地2つを制覇したのにまだ8時。日の出レベルの早起きは経験がなくペース配分が分からないが、のんびり松島へ向かうことにする。

塩竈→(略)→平泉


今日は朝寒くて起きてしまい、塩竈の朝日から始まった。

北上川の夕陽は道を間違えたため間に合わなかったものの、土手から日暮れが見れた。感動してちょっと泣けた。

全部思い出せない。家に帰ったら、写真見ながら思い出して書きたい。

被災状況のひどい石巻と女川を見た。
漫画か映画みたいだった。作り物みたい。

でも平泉まで来て風呂入って飯くっておなかいっぱいになったら、全部遠い昔のことみたいに思える。