生乾きのまま寝ると髪もくさくなるか。否。
2009年11月10日 火曜日 00:57
若干部屋干しくさい部屋着で鼻炎ギンギンな己の弱さ。
虚勢とか正当化とか、いやそうでなくとも実際さーという正論的なことが別に取り立てて役に立たないシーンで、そういうどうでもいいことをテキトーに流すと、せっかく流してる部分をご丁寧に拾い上げて得意げに突きつけてくる人。たまにいるじゃないですかー。
なんなんだろう、あのどーでもいいことにいちいち力入れてくる感じ。そしてそれについ向こうを張ろうとしてしまう自分。
そりゃあたまには、立派な箱に入れてキレイな紙で折り目正しく包んで高級なリボンを付けた方がいいこともあるけど。(これできる人には無条件に降伏。遠いとこからリスペクト)
しょうがないから部屋干しを洗い直す深夜。アーバンだ。
ちせつ。
2009年9月5日 土曜日 02:55
写真練習ブログを作った。→Childish Log
思いつきの気まぐれなので、たぶん自然消滅すると思います。childishったってあまりにも‥‥。限度ってもんがあるだろう、と。
ほんで、今日ともだちにWinのブラウズキャプチャを見せてもらったらひどいことこの上なく、この週末は久々にコーディングにハマるな、と思ったんだけど、やっぱ実際変化が見えないMacオンリーの環境じゃだめだね。問題を目の当たりにした瞬間でなければ問題意識はあっさり消えます。
そんなことよりここのブログを改良して、少なくともコメント欄くらいなんとかして、そんでmixiから距離をおけるようにしたい。
人付き合いは、コンピュータじゃつまんないっす、基本。あいや、楽しいけど。
さて。
人は禁止されればされるほど意識がそっちに向いちゃうもので、わたしは買い物がしたいのです。
ほしいものリスト
・スニーカー
・ヒールのオシャレパンプスあるいはサンダル
・会社置きサンダル
・マニキュア3色くらい、RMKか‥‥好きなブランド忘れるくらい昔だ、最後に買ったの。
・カットソー
・ワンピース
・カラーのストッキングと柄のストッキング
・カーディガン
・ADOBE CREATIVE SUITE4 DESIGN PREMIUM for Mac アップグレード
・フィルムスキャナ(で合ってるのか? 過去のフィルムをデータ化したい)
・190cm四方のキレイな色のホットカーペット対応ラグ
・白い文鳥と、大きめの美しい鳥かご
・お客さん用布団のカバー
・ゴミ箱
・洗濯物入れ
・わりと本格的で小型でデザインのシンプルな電子ピアノ
・ペチコートを作る布
・肩が凝らないネックレス
・ピアス
我慢すればするほどたまっていく。
明日ショッピング行っちゃおうかなあ。
我慢はよくないよなあ。←ストレスたまり気味の時の最終兵器的言い訳。
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大事なもの忘れてた!
ほしいものリスト追加。
・WindowsのOS
ほうけてみても。
2009年8月12日 水曜日 17:26
パソコンから離れたい。
パソコンから離れると活字に依存する。
パソコンから離れて活字からも離れると、書きたくなる。
書くのもダメだと、考えるのもやめて感じるようになる。ここまでいきたい。
ひとりで。
感じるの次にはどんなのがあるんだろう。
想像できる範囲では、寂しくなって泣く→寂しくなくなる→すげーたのしい→うたいおどる→くうねるあそぶ、ただそれだけ→命果てる。
そこまで行きたくないな、今のところ。
悪態
2009年7月24日 金曜日 01:00
20代後半は、社会のあらゆることに悪態をついていた。悪態をつくことに疲れ果てながら「悪態をついて疲れる」という悪態をついていた。すごいエネルギーだった。感心しちゃう。
あるときやっぱり友達に社会への悪態を吐露していたら「自分が生活するのに関係ないことまで考えすぎ」と言われた。たしかに、と思った。悪態屋のくせに素直。
それで、あらゆる情報をスルーした。そしたら日々の暮らしが楽になってきて、本当に大切なことは目に見えない、と星の王子様は言ったけど、わたしは、本当に大切なことは超ちっさいんだ、と気づいた。
この本は悪態適齢期の人がとても悪態つきやすいところにいたために生まれた文章だと思う。まだ後書きと最初の数章しか読んでないけどもういいや。返却袋(マイ図書館バッグ)行き。
という、本への悪態をつく日記を未だ……。
(表紙に惹かれて借りたの。最近校正ばっかしてるから。)
会社に通う生活を始めたら、あらゆる情報をスルーするのは無理。
人がつく悪態をスルーするのにもまだ努力が要る。
よって、本は返却袋に入れて、明朝のトーストにはなにを塗ろうかな。という超ちっさいことに意識を向ける眠りぎわ。ちょっと幸せになれる。
実在
2009年6月9日 火曜日 03:01
わたしは何か、理屈では捉えられないようなものを捉えようとしている作品とか事象とか、あるいはそんな意図もなくそういう、理屈では捉えられないようなものがにじみ出てしまっている作品とか事象が好きで、自分自身も足の小指ひとつ分くらいだけそんなような存在なんじゃないかと。
つまり、そういう作品とか事象にわたしのどこか一部がフックみたいに引っかかって、引っ張られる。そうやって自己肯定のようなことをしている。
ここ2週間くらい過去や未来や作りごとの中にトリップしがちで、挙げ句の果てにこんな文をつづる。
焦ってもしょうがないので身を任せつつ、ちゃんとここ、今にいる。こないだトリップ中に「場数踏んでるからな」とリアルなほうのわたしが心の中で言った。うむ。
『コックサッカーブルース』読み終えた夜。再読だけど。
 
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